Back


最後のレミング

知ってるかい
あの海の向こうには楽園があるんだ

誰かがそう叫び出し
噂は熱病のように群れの中へと広まってゆく
前にもあったんだよ
同じことを誰かが言い出し
それを信じた多くの者達が海へと泳ぎ出して行った

僕らはもう何世代にも渡って
同じことを繰り返し、海へと泳ぎ出してきた
そしていつでも誰ひとり
二度とこの海岸には戻ってこなかったんだ

そうした事実すらも
噂を信じる者達にとっては
楽園の存在を裏付ける証拠のひとつに過ぎず

ほらみろ、楽園はやっぱりあるのさ
ここなんかよりずっといい場所が
あの水平線の向こうにあるのさ
だからそこに泳ぎ着いた者は誰ひとり
もうこんな所に戻ってきやしないのさ

そうしてやっぱり僕らの群れも
遥か遠くの楽園を目指し
海へ飛び込み泳ぎ出した

そうして僕らは泳ぎ続けて、泳ぎ続けて
けれどいくら泳いでも楽園は姿を現さず
それでも僕らは幾日も、泳ぎ続けて、泳ぎ続けて
やがて共に泳いでいた仲間も
ひとり、またひとりと力尽きて沈んでゆき
気がつくと島影ひとつ見えない海原の真ん中で
泳いでいるのは僕だけになっていた

最後のひとりになった時
僕はようやく気がついたんだ
楽園なんて最初から、無かったんだってことに
いや、過去には確かにあったのだけど
それはとうの昔に沈んでいたんだ

それなのに
実在の楽園に泳ぎ渡っていた祖先の記憶だけが
種族の本能として残っていたのさ

そのことを知った、僕は最後のレミング
信じてここまで、泳いできたのに


>> Next

Back