Azure Diary
平成二十三年 水無月
■2011/06/04 土
電話向こうの相手とやり取りをしながらの仕事が終わると、もう外はすっかり明るくなっていた。相手は始発で帰る、と笑い、そちらは?と訊いてくる。こちらは自転車ですよ。ベッドまで30分。そう答えて笑い合う。そのやり取りで、か、事務所の床で雑魚寝していたひとりが目をさました。
− あー、終わったんですかぁ…
− まぁ何とか。あ、起こして悪りぃっす。
− いやぁ、どうせ始発で帰るんで…あ、そういえば
− ほえ?
− 夜中、緊急地震速報鳴ってなかったですかぁ?
− あぁ、夢っすよ、夢。
− …そうですかぁ。ぐう。
鳴ってたよ。ちゃんとあなたの携帯鳴ってたよ。
と、こんな調子だけど、仕事は大分落ち着いてきた。5時に帰宅し、そのまま目覚ましを昼にかけて寝る。昼に目覚ましが鳴ったけれど、止めようとして右手を動かそうとしたら右腕の反応がなかった。左手で触ると右腕は確かにある。でも、感覚を全く失っており自分の腕ではなくなっている状態。
恐らくはずっと右腕を体の下敷きにして寝ていたので、右腕が痺れてしまったのだろう。そう想って左手で目覚ましを止め、またそのまま寝入る。
そうして昼過ぎに目覚める。右腕の感覚は戻っていたが、右手の手首から先が痺れ続けている。そしてその痺れが時間をおいても取れず、大分良くはなりつつも、夜の今になってもピリピリと痺れ続けている。
そろそろ生活を戻していかなきゃなぁ、とふと想う。想ってまた、想ったことにふと想う。戻すといっても、どこに戻したらいいのだろう。自分は新しい住居に引っ越してきて、最初の週末を迎える前にこのバタバタへ突入したので、戻すべき元の生活が無いのだ。
そう。戻るべき元の生活、なんてそんなもの、存在しない。
自分には「新しい生活」しかないのだ。
などと決意していると、ドアのチャイムが鳴る。ウチのドアの呼び鈴の音ってこんなのだったのか。前に洗濯機を配送して貰った運送会社以来の来訪者だなぁ、と思って出て見るとNHKの方だった。
− テレビの受信契約なんですが…
− はぁ。
− こちらにはいつ引っ越されましたか?
− 3月ですけど…ひょっとすると結構来てくれてました?
− 3月ですか? ええ、でもいつもご不在で…
− (そりゃそうだ)
− で、こちらの契約書の内容をお読みいただいてですね
− すまないです。うちテレビ無いです
− え、
− マジで無いんす。まだ買えてないんす。上がって見てもらってもいいです。
− ああ、いえ、ではワンセグ使える携帯は…
− 携帯…これですけど(ぼーだふぉん、と書いてある)、ワンセグ?
− ああいえ結構です。テレビ購入の際はまた是非…
やっと会えたのに申し訳無い。NHKにはお世話になったので、支払い拒否する意識は毛頭ないのだけど、正真正銘テレビがまだ無いのだ。まぁ、あっても当分見ないだろうな、と思うと、あまり買う気にもならないのだけど。完全地デジ化してから考えよう。
あ、そういえばナビがテレビ映るんだっけ。まぁいいか。見られるのどうせ夏までだし。
■2011/06/11 土
朝起きてみると表でスズメがやけに騒いでいるので、ちらと外を覗いてみる。ベランダ前に立つ木の枝葉がガサッ、と揺れる。何かいるな、と思ってベランダに出ると、向こうも気付いたよう。相手は枝葉の中からじっとこちらを見据えて固まっている。猫だった。まだ子猫に近いサイズ。
この状況だとこちらがこの後どう行動しようと猫は逃げてゆくので、思い切って招き猫ポーズで「にゃー」と挨拶してみる。猫はびくっ、と。そして転がり落ちるように木を降りて走り去ってゆく。逃げるのはいいが、左右良く見て道路渡れよ、猫。
やがて、木を取り囲んでチチチとやっていたスズメ達が木に戻ってくる。この二週間で何度か巣立ったばかりの子スズメの姿を見たけれど、今日はその姿を見なかった。先週末から今日にかけて恐らく「親離れ」が行われ、現在は親の縄張りの外のどこかで生活をはじめているのだろう。
ここ一ヶ月スズメの姿を見続けていて、やっとスズメの顔ぶれがわかってきた。子育て中も子育て後もその顔ぶれは変わらない。ベランダ向かいの電柱のトランスの中に巣を作っていた二羽と、左側にある家の二階のベランダに山積みで積まれている資材か何かの下で巣作りをしていた二羽だ。
そのうち、手に乗ってくるのは電柱のつがいのうちの一羽。資材の下のつがいのうちの一羽も最近、自分がベランダにいても手すりに乗るようになってきた。けれど、直接手から餌を取るまではいかない。警戒もまだあるのだろうけれど、それより。そのスズメが手すりに上がってくると、手乗りのスズメの方がチチチともう一羽を追い払おうとするので、なかなか近づいて来れない様子。普段は寄り集まって餌を突いているのに、スズメの世界は難しい。
そして、残りの二羽は近くの物置の屋根の上までは来るけれども、決して自分がいるベランダまでは上がってこない。基本はこの四羽がご近所さんのスズメになるのだけど、たまにもう二羽ほど増えたりもするので、群れられるとどれがどのスズメなのか未だに区別がつかない。
手に乗るスズメの方はもう馴染んだもので、ベランダに自分の姿を見つけるとやって来て、特に餌をやったりしなくても羽づくろいなどしながら寛いだ時間を過ごしている。
>>その他の写真(6枚)
時々、余りにもこちらに無警戒で思わず後ろから突つきたくなるくらい熱心にやっていることがあり、そういうことは別に自分の傍でやらなくても、と思ってしまったりもする。
けれど、ひょっとしたらスズメにとっては敵意の無い人間の傍にいた方が、世界に対して普段より寛げるのかも知れない。ベランダの自分の傍にいれば、先ほどの猫やカラスといった天敵が近づいてくることもない。人間の生活の傍で生きることにはリスクもメリットもある。そのリスクとメリットの天秤の上、メリットの方にちょっと寄ってとまったのがスズメという鳥なのだ。この鳥はそういうところをちゃんと、判っているのだと思う。
■2011/06/18 土
今週の月食やら満月やらをすっかり忘れていた。
舌癌を一度は切除したものの、その後外科的治療不可能な部位へ転移、そうしてもう二年半以上闘病生活を続けていた以前の職場の同僚…自分からは三歳上の先輩にあたる方が亡くなり、その見送りのため半日の休暇を取って以前住んでいた町まで車を飛ばしてきた今週。亡くなった、というのは、ちょっと違うのかも知れない。医師すら為す術がないすさまじい苦しみの中、彼は彼の人生を生き抜き、そして死に切った。我々の側に悲壮感は感じても悲痛な受け止め方が薄いのは、そのような生き方の中にある種の尊厳を感じているからかも知れないし、長い、ゆっくりとした別れの時間があったからなのかも知れない。時期が予測できなかっただけで、こうなることはもうずっと前からわかっていたから。
久々に袖を通した喪服をどうしよう。線香の匂いはもう感じられない。一日しか着ていないのでこのまま干して仕舞うか、それともクリーニングに出すか。そうして上着を触っていたら気付いたポケットの中の膨らみ。数珠と、くちゃくちゃになった真白なハンカチを取り出す。通夜とか葬式というものはやはり。逝く者のために行うもののようでいて、実は生きてる者のために必要なことなんだよな、と。改めて、そんなことを想う。
丸まったハンカチをパン、と拡げて、白のワイシャツやらTシャツやらと一緒に洗濯へ。
洗い終わったら、ハンカチにアイロンかけよう。新品のように。
■2011/06/26 日
先週末の猛暑に参ったので、職場で使う卓上の扇風機でも買おうかなぁ、と思って電器屋へ行ったらテレビが驚くほど安くなっていたので、その場で決めて19型(ハードディスク未内蔵)を23,000円で購入。そのまま片手にぶら下げて持って帰る。3月の引越の際、どうせ地デジ見られないし、荷物になるから、という理由で前のテレビ(14型ブラウン管)を処分してきたのだけど、もう今の時代、このくらいのテレビなんて大した荷物にはならない。こういうところ、時代は確かに、以前より未来になっているんだなぁ、と思う。
自分が買った小さいサイズのテレビはともかく、一般家庭の居間に置くような大きめのテレビの価格はものすごく下がっている。自分の買ったテレビに1万円足すと、ハードディスク内蔵の32型に手が届くくらい。訊くと、「3月末のエコポイント終了に伴う駆け込み需要を見越して準備した商品が、震災の影響で駆け込み需要そのものが起こらなかったので…」とのこと。地デジ化に伴う買い替え需要もさすがにもう落ち着いているので、今はもう「早期に地デジ対応テレビを買った人の再買い換え」や「追加で2台目3台目を購入」をこの低価格で促すしかないのだそう。
−で、この「地上A」のボタンって、もう必要なくね?
−ですね。まぁ最新の型は地デジ専用なのでもう付いてないですけど。
−アナログチューナー付いてない分、地デジ専用の方が安くなるの?
−確かに製造コストは安くなりますよ。1万円くらい違うかも知れないですね。
−でも、店頭でそちらが安く売られているとは限らない、と。
−やっぱり最新型は下げ幅大きくできないですからね。あまり出回ってもいませんし。
今お買い得なのはそういう事情で当時の在庫なんです…と店員さん。なので自分が買ってきたテレビも、リモコンには「地上A」のボタンが。帰ってからテレビを設置して3ヶ月ぶりのテレビを点けてみる。そうしてたまたま始まっていた「笑点」で「地上D」と「地上A」ボタンを切り替えて画質を見比べてみる。ああ、こんなに画質が違うんだ、と。そのことを確認するためだけに使われた「地上A」ボタン。そういえば電器屋でテレビに夢中になって、扇風機を見てくるのをすっかり忘れた。
スズメはどうやら2度目の子育てを始める模様。ただ、前に巣を作っていた電柱上のトランスは、前の巣立ちで空きになっている間に他のつがいが巣を作ってしまったので、場所をこの部屋の左側に建つ家のベランダ(前に別のつがいが巣を作っていた)の、ベランダ下と1階屋根の隙間に換えたよう。
>>その他の写真(4枚)
手に乗るスズメとつがいのもう1羽(写真奥)が身重になってきているのが判ったので、手に乗るスズメ(写真手前)はオスらしいことが判明。スズメとの付き合いは長いのだけど、人生で初めてスズメの性別を区別することができた。
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