Azure Diary


平成二十三年 文月


■2011/07/01 金
 本日を以って。自分は現在の自分で現在の場所で現在まわりにいる人とこの事態に臨むことができたことを、誇りに思う。様々なものに、そして、自分にも、お疲れさま。当然明確な終了ラインではないのだけど、今日の日付けをひとつの節目に。

 震災前に引越していてよかったなぁ、と、つくづく思う。引越が震災前になったのは本当にたまたまのことで、実は最初、まさに震災翌日からの土日にやろうと思っていた。それが、前の住居の管理人との話の中で「本音を言うと早い方が余裕をもって入居者募集できるので、こちらとしてはありがたいんですが…」と。なるほど、それじゃあ、と再検討してみると新しい部屋も早く入居できる、とのことだったので、前倒ししたのだ。当初の予定のままにしていたら、引越そのものが不可能になっていただろう。
 それまで電車通勤で1時間だった所から自転車で30分かからない所へ引っ越したことは、ものすごく便利だった。震災に伴う交通機関の影響を受けることもなく、終電を気にすることもなく。遅くなって皆が泊まらざるを得なくなっても、自分は「ベッドまで30分」と帰ることもできた。ので、「まるでこの震災のために引っ越したようだ」「まさか地震を見越して職場近くに引っ越すとは…」などと、よく色々な人に言われた。
 その良かったことの反面、引っ越してから最初の週末を迎える前に震災が発生してしまったので、新住所での生活を上手く立ちあげられなかった。その後しばらくはこの部屋も、帰ってもただ寝るだけの部屋で、その部屋も、引越の際に「買い換えよう」と処分してきたベッドやらテレビやら洗濯機やらがいつまで経っても揃えられない状態。また、バタバタな中で切り替わった生活の様々なことに対応しきれず、支払う時間の余裕がなくて新しい部屋の最初の家賃を滞納しかけたり、引越前の銀行振り込みから振込み用紙による支払いに切り替わっていたNTTを止められてしまったり、と。

 何か色々あったなぁ、と思う。でも、何というのだろう。色々あった割に、社会からはちょっと離れてしまったような気もする。新しく住み始めたこの街に、まだろくに挨拶もしていない。とにかく。もうさほど張り詰める必要はないのだ。ゆっくりゆっくり、緩んでゆこう。



■2011/07/02 土
 この部屋に越してはじめてエアコンの電源を入れてみた。この部屋は天井までの高さが4メートルほどあるロフト付き。ベッドを買っていないのでロフトを寝床にしているのだけど、その寝床の高さはエアコンが設置されている1.8mほどの高さよりも高い位置になる。
 これからの季節。部屋の上半分…ロフト部分には相当熱が篭るのだろうから、下にしか空気を吐かないエアコンの冷気をどう部屋の上半分に循環させるか。その方法を考えないと多分、これからの夜は寝られない。エアコンの試運転を兼ねつつ、1台ある扇風機と組み合わせながら、室内の風の巡りをあれこれ試行錯誤する。

 先週買ったテレビもさほど点けられることはなく。見たい番組がさほどない、というのもあるのだけど、何だかテレビが無かったこの数ヶ月間でテレビを点ける習慣が無くなった気がする。加えてここ数ヶ月は、自分は社会全般の情報よりも自分の正面の情報にのみ集中していたので、その間テレビ的に社会がどういう方向に進んでいると報じられてきたのか、テレビは何に焦点をあてて震災やその後を報じてきたのか、そういうことにあまり意識が向かなかった。
 そんな感じで、ふと点けたテレビで民法の報道番組やCMを見ていると、ちょっと取り残されているような感じがする。ここ数ヶ月の「テレビネタ」や「CMネタ」も、自分にはよくわからない。けれどまぁ、その辺りは徐々に。

 そういえば。買ったテレビ。色がピンクである。
 お店には同じ型のテレビの「黒」と「ピンク」が並んでいたのだけど、ピンクにしてみた。とはいっても、まぁ裏から見るとピンク一色でも正面から見るとその色の部分は画面のフチと台座くらいしかないので、黒とそれほど変わりはない。
 で、何故ピンクにしたのか。理由は二つ。ひとつは、店頭に並んでいた黒とピンクのテレビの台座。長期置かれていたようで台座の上には埃が溜まっていたのだけど、同じくらい溜まっているにも関わらず、黒に比べてピンクは埃が目立たなかった、ということ。
 もうひとつは、本体がピンクなので当然リモコンもピンク。リモコンがこの色ならどっか行った時に目立っていいかも!という、直感的な理由…である。いや別に普段から部屋を乱雑にしているからリモコンがよく行方不明になるとかどうとか、ではなくて。うちにはほら、あの「妖怪リモコン隠し」が頻繁に出没していたので。

 この部屋にも現れるのだろうか。妖怪リモコン隠し。



■2011/07/09 土
 いつものスズメの群れの中に先週まで1羽だけ混じっていた今年生まれの子スズメを、今日は見かけなかった。けれどまだどこかでチリリチリリと雛の声がする。
 今日もベランダで洗濯物を干しているとスズメがやってきて手すりにとまる。部屋に入ろうとするとパタパタと飛んで隣の物置の屋根へ。自分が部屋に入るとまた飛んできて、ベランダの手すりの、部屋の中が見える位置にとまっている。最近は窓が開いていると自分(餌をくれる人)がいる、ということが判るようで、窓を開けているとそうして部屋の中が見える位置にとまってチュンチュンとアピールされる…というか、スズメに呼ばれることがある。
 ちょうど朝食に食パンを解凍していたので、今日は米粒ではなくてパンをあげてみる。つがいでベランダに来るのだけど、オスの方は自分の手にも乗ってパンを取って行くのに対し、メスの方は自分からは必ず最短1メートルほどの距離を取るので、先に餌を取るのは大抵オスの方。ベランダの上でカバーをかけて置いてあるタイヤの上にポイ、と投げても、メスの方はその動作に一瞬警戒を見せるけれど、オスの方はすぐそっちに飛んで行ってぱくっ、と。人間どうしてもこういう時は平等に、と思うのだけど、それがなかなか難しかったりする。
 ただ、今日はパンだったので、少し大きめにしてやると、なかなかすぐに食べることはできない。なので先に大きい方を投げてやって、オスがそれを咥えて一生懸命になっている隙に、もう一羽に。と、そういうことをやっていた。スズメはシジュウカラやインコやカラスのように、足で押えてつつく、ということをしない。咥えて持て余すようだとベランダから地面に降りてゆき、そこで咥えたパンをぶんぶん振るって千切って食べている。そうしていると、それを見て他のスズメがやってきて、振った途端に飛んで行く切れ端をまた他のスズメが咥えて…と。その繰り返し。時には奪い合いになったりもするのだけど、そんな姿も見ていて楽しい。

 その後、スズメ達はどこかで水浴びをしてきたり、ベランダ前の木の木陰でずっと囀っていたり、巣の周り数メートル程度の狭い縄張りを護りに行ったり、ベランダの上をチョンチョン跳ね回っていたり。暑いのに元気だなぁ、と思う。

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 そういえば、子供の頃に飼っていたスズメは、パンを与えるとそれを咥えて水の中に落として、パンに水を含ませてから食べていた。野生のスズメはどうなのだろう。そう思って、試しにタイヤの上に灰皿(未使用の)に入れた水と、その脇にパンを一緒に置いてみた。けれど、パンはしっかりと持って行くのだけど、水の方は全く見向きもされなかった。



■2011/07/17 日
 三連休だ。どこか行きたい。行くなら涼しいところに行きたい。今年は初詣もしていないからどこか名のある神社でも行っておみくじ引いてこようか。あ、でも暑中見舞いも書かなきゃ。
 という希望をまとめて叶えるべく、土曜の夕方に出発して四度目の富士山に登ってきた。単独では二回目になる。これまでとは違って、五合目へ至る道路はマイカー規制が行われていたので、麓の駐車場に車を停め、そこからシャトルバスに乗り換えて五合目へ向かう。ルートや時間帯はいつもの通り。今回は20時発のシャトルバスに乗ったので、登り始めは21時くらい。到着は2時過ぎくらい。三連休だったので、前に単独で登ったお盆時期と同じくらい人が多かった。
 風も弱く、比較的穏やかな山頂。雲海は無く、横浜辺りまで拡がる夜景を見ることができる。けれど、望を過ぎたばかりの月がずっと空にあったので、満天の星空は見られず。
 日の出を拝んだ後、お鉢を反時計周りに巡る。測候所跡経由で山頂の浅間大社さんへ。そこで初詣。そうしている間に山頂郵便局が開いたので、そこでかもめーるを買って記念スタンプを押して、それから外へ出て砂礫の上に座ってリュックを台にして暑中見舞いを書く。けれど、手が思ったより冷え切っていて上手く書けなかったのと、全身が砂埃まみれで手も例外ではなく、触ると葉書が汚れてしまう。良く考えたら、あらかじめ事前に住所まで書いた葉書を持ってきて、投函だけこちらでやれば良かったのかも知れない。でもまぁ、それはそれで。

 今回はこれまで登った中で一番見晴らしが良かった。駿河湾、伊豆半島、その向こうの相模湾、江ノ島ははっきりと、更に先に横浜のランドマークタワーやその隣、磯子の工場群も何とか見渡せた。けれど都心部の方角は雲で望めなかったので、方位的には日の出に近い方角…山中湖の脇辺りに望めるだろうスカイツリーは未確認だった(らいしものがちらっと見えてた気もするが、肉眼のみなので自信がない)。

 その後はのろのろと下って、途中で登山道の脇に屈みこんで吐いている白人さんに飲料水支援したりしながら10時頃に五合目着。またシャトルバスで麓の駐車場に戻り、そこで自分の車のナンバーに驚いている人達を尻目に近くの温泉へ行って砂を払ってからそのまま渋滞もなく帰宅。靴やリュックやその他砂まみれになった物を洗濯して、ベランダに干した後、撃沈。富士山の麓にいた前回までとは違い、東京から無泊二日の徹夜登山はちょっときついかも知れない。けれど、少しは六根、清められたでしょうか。

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 帰ってから山頂の神社で引いたおみくじを開けてみた。
 『のどけしと見えしうなばらかぜたちて小舟危うきおきつしらなみ』との和歌。「小舟の俄(にわか)の嵐にあう様に思いがけない事で災い起こる恐れがあります」とのことで、末吉。そりゃいつものことですがな。
 ちなみに「沖つ白波」のように海に白波がぴょんぴょん立っている状態のことを、地元では「うさぎが跳ねる」という。今年はうさぎ年。小舟危うきうさぎが跳ねる。ぴょん。

 

■2011/07/24 日
 アナログ放送終了の日。先月買ったテレビはアナログ放送も視聴可能だったので、一応終了の瞬間を見る。NHKはアナウンサーの挨拶の後、終了のテロップに移行。思ったより淡々と終了する。テロップ表示は本日一杯で、日付けが変わったら砂嵐になるそう。恐らくこれでリモコンの「地上Aボタン」は役目終了。
 週末に行事で盆踊りを踊る機会があったので先週から練習に参加していた。曲目は「東京音頭」で「♪踊り踊るならちょいと東京音頭〜」という東京ローカルのもの。訊けば盆踊りも地域によって大分曲目が違うよう。九州では「炭坑節」とか。自分はやっぱり盆踊りといえば「北海盆唄」で「♪はぁ〜北海名物(ハァドウシタドシター)」になる。
 東京音頭や北海盆唄は大人の盆踊りで、盆踊りといえば大抵その前に「子供盆踊り」が別の曲目で行われる。ちなみにこちらでの子供盆踊りの唄は「ドラえもん音頭」とか「オバQ音頭」のよう。でもやっぱり自分にとって馴染みがあるのは「シャンコシャンコシャンコシャシャンガシャン」の…えぇとタイトル何だっけ。とにかくあの盆踊りの唄である。

 と、タイトルが判らなかったのと、ふとした懐かしさにまた聴いてみたくなってYouTubeで捜してみた。正式なタイトルは「子供盆おどり唄」。再生してみると、あのイントロと子供の高い声で歌われる唄。本当に何となく聴いてみたのだけど、何というか。あまりの懐かしさに思わずグッときてしまった。道産子の琴線、いや、DNAに触れたというか。

 ♪そよろそよ風 牧場に街に 吹けばちらちら灯が燈る 紅くほんのり灯が燈る ほら灯が燈る
  シャンコ シャンコシャンコ シャシャンがシャン 手拍子揃えてシャシャンがシャン

 ああ、本当に懐かしい。自分はこの唄の歌い出しの歌詞が大好き。

 

■2011/07/30 土
 先々週に引き続き高いところ。先日、用件ついでに池袋に建つビルの高さ250メートルから街並みを見た。用件の終わりには街並みはすっかり夜景へと変わり、どの角度どの角度を見ても、地平まで続くかのような光の海になる。
 元々の明るさが自分にはよくわからないのだけど、これでも節電で普段より暗い夜景なのだろうか。右手にはライトアップされた東京タワー。左手にはシルエットだけの東京スカイツリーが望める。スカイツリーがその巨体の割に開けた、比較的高い建物が少ない場所に立っているのに対し、東京タワーは高層ビル群のただ中。囲み建つビルの頂きという頂き。そこに赤く燈る航空障害灯の明滅に、埋もれるように立っていたのが印象的だった。

 高い建物の頂きで明滅する航空障害灯の赤い光。子供の頃過ごした町にはこの灯が燈るような高い建物なんて工場の煙突くらいしかなく、それはぽつん、と建ったところでぽつん、と明滅しており、その孤独な明滅を見ているとまるで、海の向こうや空の向こう。そういうところに向けて何かメッセージを発し続けているような、そういう姿に見えた。
 その後住んだ札幌にはこの航空障害灯が燈るくらいの高い建物もそれなりに建っていて、街並みを見渡すとこの赤い光も夜景の中、所々に明滅しており。その光が時には同じ周期で、時にはバラバラの周期で明滅し合っているのを見ていると、それは何だか、互いに離れて建つ建物と建物同士が、その光の明滅で会話をしているような、呼び合っているような。そういう姿に見えた。

 そんなことを思いながら、再び東京タワーに目をやる。賑やかに明滅する光。それはまるで、雑踏の中の人々のようでもあり、授業が始まる前の教室のようでもあり。密集してガヤガヤとお喋りしている建物たち。ふと、そんな姿に見えて可笑しくなった。

>>その他の写真(4枚)


 池袋までは7キロちょっとなので、自転車で行ってきた。帰り道、東京スカイツリーを横目に荒川に架かる橋を渡っている時、ふと、カメラもあるしここからのスカイツリーも撮っておくか、と思いつく。
 橋の真ん中に自転車を停めて、橋の柵の上にカメラを置いて撮ってみた。けれど、自転車で走っている時は気がつかなかったけれど、交通量の多い橋の上は大型車が通る度に上下に結構揺れるので夜景を撮るには向かなかった。
 それでも、車の流れが途切れないかなぁ、と腰を屈めてカメラを覗きながらあれこれやっていた。ら、突然。後ろから「あの、すいません…」と声をかけられた。振り向くと声をかけてきたのは自転車のお巡りさんだった。
 顔を上げて「ああ、ごめん。夜景撮ってたぁ」と苦笑い。するとお巡りさんも欄干の上のカメラに気付いたよう。「あ、ああ、そうですね。いや、びっくりしましたぁ」と笑う。
 じゃ切り上げますね、と、カメラをカバンにしまい会釈。相手も「ええ、お気をつけてお帰りください」と笑う。そうして互いに逆方向に自転車を走らせてゆく。

 お疲れさま。びっくりさせたようで、ごめんなさいね。


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