Azure Diary 平成二十五年 睦月 ■2013/01/02 水 帰省していた実家からの帰りは飛行機である。最短なら新千歳空港まで1時間半、飛行機で乗り降り含めて2時間半、羽田空港から1時間半。なので半日もあれば余裕で帰宅できる。行きは普通列車で2泊3日(先月末の日記参照)。それは楽しい旅程だったけれど、帰りはあっという間。つまんね。と、この時は思っていた。 空港には早めに着いて、空港内のお土産屋を色々と。乗る便は、新千歳発が21時。羽田着は22時45分。遅い便になったのは、それより前の便がもう一杯だったから。けれど、羽田から自宅に帰るための最終電車は23時27分なので、この便でもギリギリ帰ることはできる。冬の北海道の空港は雪がこわいのだけど、今日も降っているとはいえ、その量はさほどでもない。出発に関しては大丈夫だろう。 と、思ったのだが。カウンターに行くと、こちらの雪よりどうやら本州の方が大荒れで「使用する機体がまだ到着していない」便が多数。それで他の便も色々と混乱しており、やがて自分の乗る便も「15分遅れ」とのアナウンスが。 そのまま到着が15分遅れたら…終電まで30分無いか。本当ギリギリだな。と、思っていたら、再びアナウンスが入り「40分遅れ」とのこと。これで、自宅に帰るための電車には間に合わないことほぼ確定。周りの人々も同じ状況なので、あちこち電話かけだしたり、とざわざわしてくる。どうするかな。自宅に向かっていける所まで行って、歩いてみるかな。まぁ羽田にさえ着けばなんとかなるさ。 そして遅れて到着した飛行機に乗る。座席に着いて出発を待っていると、「羽田空港までの航路が悪天候のため、フライトにも時間がかかって云々」と。これはもう本当に全ての終電に間に合わないかも。つまり、電車では羽田から出られないことに。降りた後に都内でも向かう予定のあった人にとっては、飛行機の中なので電話もできない、という、もうどうしょうもない状況に。 さて、どうするか。国内線は最終便が降りたらターミナルが閉まってしまう。でも、国際線ターミナルは24時間営業のはずだから、そちらへ行って始発まで寝るか、と。 とりあえず飛行機は滑走路の空き待ちで40分より更に遅れて飛び立ち。フライト時間も遅れ。機上で日付が改まる。誰だ、帰りは飛行機であっという間だからつまんね、などと言ったのは。 羽田に降りる前、上空から見た1月2日深夜の東京は、驚くほど暗かった。普段は白い光に溢れているのに、何というか、全体的に赤黒味を帯びた。そんな夜景だった。 ■2013/01/03 木 羽田空港に降りると日付もすっかり変わっており、ターミナルへ出ると電車の駅への入口にはシャッターが降りていた。一緒に降りた乗客はあちこち電話をしている。様子をうかがうと、どこかホテルに電話しているのだけど、さすがにこの時間だし、まだ正月なので対応してもらえない、と。そういう感じ。タクシー乗り場にも長い列ができている。 自分は国際線ターミナルへ行く予定。けれど初めて行くので、まず国際線への経路を探す。けれど、かなり離れている。無料の連絡バスがあるそうなので、そちらの乗り場へ行ってみる。すると、そちらも最終を過ぎていた。じゃあ歩くか、と思ったが、国内線ターミナルから国際線ターミナルまでの移動はそもそも歩いてゆくことが想定されていないようで、バス乗り場以外の案内がない。 地図だとぐるっと回って4キロくらいかな、と。でも道がよくわからないので、空港の方に訊いてみる。すると「本日便が遅れておりますので、臨時で連絡バスが一便出ます」とのこと。連絡バスの乗り場に戻りバスを待つ。自分が乗ってきた便や他の便の遅れで帰宅難民となった人々が次第に集まってきて、国際線への出発は1時過ぎになったけれど、バスは立ち乗りになるほどの混雑に。 そうして国際線へ。第一印象は「明るい!」。 ざっと一巡してみると、コンビニもあるし、この時間でも営業している食堂やカフェも数件。寝られそうなベンチも多数あるし、自分と同じ帰宅難民の方もちらほら、思い思いに散らばってベンチで寝ている。荷物なんか大丈夫なのかな、と思ったが、見ると警察の方も頻繁に巡回しているので、治安も良さそう。これは何というか。車中泊なんかより断然いい。 とりあえず開いている食堂で2時過ぎのご飯。その後、国際線ターミナル探検へ。江戸屋横丁、という江戸の街並みを再現したようなフロアを抜けて、最上階へ行くと展望デッキ。こちらも開いていたので出てみる。 さすがに誰もいないので、デッキを独占してコーヒーを。都心方面を見ると、例の赤く明滅するビル群の頂の航空障害灯の群れの中に、明りを灯した東京タワー。そして、ずっと右の方には、明りを落としているけれど、フラッシュを明滅させている東京スカイツリー。そして正面には色とりどりの光が溢れる滑走路。結構いい夜景スポットかも知れない。 デッキでしばらく時間を潰す。真冬の外だけど、こちらはもっと寒いところから来たばかりなので平気。この時期や桜の時期は、何だか距離を飛んできた、というより、季節を飛んできた、という感じがする午前3時。飛行機が一機だけ、飛んで行った。 中に戻って、眠気もなかったので特に寝るでもなくベンチに。4時頃になってそれまでひっそりしていたロビー内が目醒め出す。職員の方々が動き出し、カウンターを開けたり、色々な掲示板を立てたり。発着案内の放送もはじまり、それらの音に、ベンチで寝ていた人々も起き出す。 これはいいかも知れない。特に目覚ましなどなくても、この賑やかさなら朝になれば勝手に目が醒めるし。国際線、なかなかいいかも(宿泊場所として)。 そういえば、年は明けたけれど初詣まだだな、と。今日は帰ったらもう出る気はしないし。三箇日過ぎても有名所はどこも混むしなぁ…。と考えていて、ふと思いつく。そうだ、これから行けばいいじゃん! そして5時を過ぎ。駅へ行って始発に乗り、京急蒲田まで移動。横浜方面へ乗り換え、そのまま真っ直ぐ行くべき所を下車し、JR線に乗り換える。そして電車に揺られ、途中で日の出を迎え、7時過ぎ。着いた駅で電車を降り、そこからしばらく歩いて。 鎌倉、鶴岡八幡宮に到着。まさか今日初詣することになるとは思わなかったが、さすがに始発で来る人もあまりいないので、並んだり待ったりすることもなく参拝を済ませる。おみくじも引き、末吉。おみくじはこのくらいが、地味だけど信用できるよね、と。結ばずに財布へ。 そこで思い出す。そうだ、去年の初詣。浅草寺で引いた「凶」のおみくじ。財布に入れて一年間持っていたのをどうにかしなければ。ここに結んで行こうか。でも、寺で引いたおみくじを神社に結ぶのはなぁ、と。でも、ここは鎌倉なのだから、お寺くらい幾らでもあるだろう。 そうして駅前を過ぎ、海岸方面へ歩く。途中のお寺におみくじがたくさん結ばれていたので、こっそりと、一年を共にした「凶」のおみくじを結んでくる。寺を出て、せっかくだから海まで、と再び歩く。そうして着いた海岸は由比ヶ浜。 鎌倉の浜は滑川という川を境に左右半分に分かれており、こちらの海岸が由比ヶ浜。川を挟んで奥の海岸が材木座海岸、になるらしい。海には波乗りの方が多数。沖合には伊豆大島の島影。そういえば由比ヶ浜って桜貝が上がるんじゃなかったっけか。そう思って波打ち際を少し下向いて歩いてきたけれど、落ちていなかった。 その後、駅まで戻り。その時間にはもう初詣客で溢れていた駅前でごはんに。土産満載のリュック背負って完全徹夜で歩きまわったので、さすがにもう生あくびが止まらず限界になり、その後はそのまま帰宅した。 それにしても。今日も含めて帰省期間10日間のうち、行きが3日、帰りも日付またいで2日と、移動が5日間になるとは。しかも、帰りが一番ハードになるとは、思わなかった(後日確認してみると、スマホの歩数計にはこの日の(飛行機降りてから自宅までの)歩数21,080歩。歩行距離は16.4km、と、記録されていた。)。 と、今年も正月太りする要素など全くない新年の幕開けでしたが、今年もよろしくお願い致します。 おみくじ(末吉)に書かれていた和歌。 『雪降りて 朝風さむき 道のべの 柳の色は 春めきにけり』 そんな、おだやかな一年に、なりますように。 ■2013/01/14 月 初雪 成人の日。天気予報では先日夜に雪予報が出ていたが、夜更けまで降っていたのは雨だった。けれど、起きると真っ白になっていた。首都圏が結構降っているらしく、鉄道網は京急を残してほぼ全滅。道路網も同じことだろうから、いくら車が冬装備(昨年はずっと冬タイヤ)とはいえ、こういう日は出歩かずに大人しくしている方がいい。 と、思ったのだが。積もり具合を確かめるためにふと玄関ドアを開けて駐車場を見ると。何となく自分の車が雪道を走りたそうにしているように見えてしまい。まぁこの土地での初めての雪だし。街がどんななっているか見てこようか、と。年末年始長期間走っていなかったので、少し走らせないとバッテリーも弱ってるだろうし。 というわけで、走ってくる。 結構な積り具合だが、路面が凍結している、というほどでもないので全く問題はない。ただし、自分は。やはり他の車が夏タイヤなので、最初に現れた坂道に渋滞の車列。それを見て交通量の少ない海岸線へ迂回。 途中、坂道で登ることができなくなり路肩に放置されている車が目立つようになる。ただ、雪だけで凍結はしていなから、このくらいならタイヤの空気圧を下げれば夏タイヤでも何とか上がれそうな感じ。 そうして逗子まで行って折り返してきたが、途中特に大きな事故もなく。屋根の上に雪を載せたまま走っていて交差点でブレーキを踏んだ車が、屋根の雪がフロントガラスの上に雪崩れ落ちてきて大慌て(視界がゼロになって慌ててワイパーをかけるけれど、一気に大量の雪が乗っているのでワイパーが動かない)、という光景を、何年振りかに見たくらい。 半島を横断する道路は山越えになるため、主要な道路は坂道で渋滞の列。ただでさえ登らないのと、路肩に乗り捨てられた車両が車線を塞いで渋滞になっている模様。なので、また海岸線をぐるっと周って帰る。途中、ちょっと海岸線に寄ってみる。 先月末に車窓から眺めた、噴火湾沿いの景色みたいだ、と。ふと想う(先月末の写真参照)。噴火湾の時は、この先は「北の湘南」と呼ばれている伊達市。けれど、この写真の先にあるのは、元祖、湘南。 ■2013/01/27 日 先日の夜、満月を見てふと想い出した。昨年8月にダイヤモンド富士を見た後、じゃあ満月が山頂に沈むのが見られるのは何時か、と調べていたら、確か1月だった。もう一度調べなおすと、そういうのを追っている方がネット上にはいらっしゃり、やはり今週末この辺りで見られるという。 ので、4時に起きて、車に。途中のマクドナルドのドライブスルーでコーヒーと朝ごはんを買い、そのポイントとなる浜へ。車は路駐で。まだまだ早い時間に着いたので車の中で買ったものを食べていると、三脚をかついだ人何人かが脇を通ってゆく。場所的には間違いない模様。 自分も降りて浜へ向かう。天気は最高。雪に覆われた富士山はこの距離でも月に照らされその姿を闇の中に浮かべている。この浜は夏場海水浴場になるようで、海岸にはテラスを備えた海の家らしき建物がある。そのテラス部分に、もうすでに5、6機の三脚とカメラが据え付けられており、人々がカメラを調整中。離れて建つ似たような建物にも人が集まっているよう。明りがちらほら動いている。20名はいるだろうか。ダイヤモンドの時より人が多い。この寒いのに。 自分は例のコンパクトデジカメしかなく、夜間だし写真は無理だよな、と思っていたけれど、ちょうどテラスの柵の上にカメラを置くと三脚代わりにして撮れそうなので、撮影隊に加わることに。ただし、周りは皆、三脚にバズーカかメガホンのようなレンズを付けたカメラ。その中に自分だけ、テラスの柵の上に置いたコンパクトカメラ、という状況。取り合えず撮ってみるとこんな感じ。 デジカメのモニターではどう映っているかよくわからないので、最大望遠のピント無限大の夜景モードで、ただそちらに向けてボタンを押していただけ。でも結果的にはよく撮れていた。 そして、月は着実に富士山の山頂へ。周りはもうカシャカシャとカメラを覗いて撮りまくっている。後で訊いたら「何百枚撮った」というような人たちなので、見に来たというよりは撮りにきた方ばかりな感じ。 自分はカメラのバッテリーが危なかったので、写真は肝心な時まで温存して、周りのシャッター音を聞きながらのんびり月を追う。そして6時10分頃、降りてきた月が富士山の山頂に乗る。ここからはあっという間なので、更にカメラなんぞ覗いている暇はない。カメラはちゃんとそちらを向いているものとして、顔は向けることなく指がただシャッターを押し続けるだけ、になる。 こちらのカメラは夜景モードでシャッターの開いている時間が長いので、沈むまでに撮れたのは5枚ほど。けれど、それなりにちゃんと撮れていた。ただ、肉眼ではこれほど光が滲んではおらず、輪郭も模様もはっきりした月の姿で沈んでゆく。色もこれほど赤っぽくはない。 富士山麓で見た時は、大きな山頂に小さな月がちょん、と乗っているだけだったけれど、この距離で見ると相対的に月が大きく。山頂に灯が燈ったみたいでダイナミックだった。 月が山頂に姿を隠した一時に、山頂付近の山の輪郭が結構下の方まで背後の満月の光に縁取られるところ。そこが、思わず手を合わせてしまうくらいよかった。その部分は撮れてはいないけれど、それは、見ていたものの特権。 沈んだ満月と入れ替わるようにして、やがて昇ってきた朝陽を正面に受けながら、帰宅。洗濯の後、車の燃料を入れに行って洗車もして。本日、引っ越し後初のオイル交換。 |