Azure Diary 平成二十五年 水無月 ■2013/06/02 日 「隣の芝は青い、とね。他人の物なら何でもかんでも良く見えるような意味で言われますがね。私らに言わせたら、隣の芝が青いのはその隣の人がちゃんと芝に手間暇かけて世話してくるから、なんですな」と。先週、芝の施工の件でお話した造園業者の庭師さんが言っていた。 「あそこの木の根元やら、あの植え込みの脇だとか、置き石の隣だとか。芝生が綺麗に枯れて土が出ている所があるでしょ。ああいう所は一日中日陰になっている場所なんですわ。芝の生育には日射しが絶対に必要でしてな。日の当たる所で世話をすれば芝はちゃんと育ちますが、日の当たらない所ではどんなに世話をしてやっても、芝はちゃんと枯れるんですわ」 隣の芝が青く見えるのは、隣の人がちゃんと手間暇かけて、芝を世話しているからなのだ。 その言葉を、心にメモ。 ■2013/06/09 日 かなり好天が続いているので実感が全く伴わないのだが、ニュースを見ると、もう梅雨入りしたのだそう。今日も好天。午後から近所の探検に出かける。前に駆け足をしていて、いつもの海岸から一本中の道へ入った時に発見した、ちょっと気になっていた所へ。 そこは森の奥から流れる小川に沿って森の奥へ踏み込んでゆける場所で、少し奥へ行くと開けた湿原になる。湿原の両側は丘陵斜面なので、谷になっている地形。恐らくは丘陵に挟まれた谷と沢筋に沿う今は湿原化している場所が、昔の水田だったのだろう。 日が落ちてからその森の中に侵入。真っ暗になり、水の音と、風の音と、蛙の声がするだけの闇の中を、足元も悪い中、蜘蛛の巣にかかりながら歩いてゆく。すると、やがて眼前をふわっ、と。 やっぱりいた。一匹、二匹、と、蛍。そうそう写真に撮ることができるような明るさではないが、闇に慣れた目には充分に明るい。近くに飛んできた。そっ、と手の甲で受けとめてみる。蛍は手の上をテントウムシのように指先へと登ってゆき、指先に達した所で、プンと。羽音を立てて飛んでゆく。 4〜5秒くらいの、ゆっくりとした明滅周期と、その明るさ。子供の頃に見た蛍とはちょっと違うようで、調べたところによると、北海道にいるのはヘイケボタルだけ。こちらにいるのはヘイケボタルとゲンジボタルで、ゲンジボタルの方が大きくて明るい、のだと。 とにかく。北海道でも蛍を見たのは光が飛んでいるところを見たことがあるだけで、こうして実際に蛍に触れてみたのははじめて(ちなみに、静岡時代に発見した「光るイモムシ」もクロマドボタルの幼虫なので、一応ホタルではあるが)なので、色々観察。 そうしていると、やがて頭にライトをつけたおじさんが一人やってくる。かなり本格的な服装をした方で、話をしてみるとここをよく知っており、当然本気で蛍を見に来た方。曰く、「ここは世界的な研究者の方も訪れる完全な自生地」なのだそう。この時期から6月いっぱいくらいまではゲンジボタル、それからはヘイケボタルと。ここではその両方が見られるのだという。ずいぶん詳しい。まだ早いね。来週あたりがいいね、と言っておじさんは去って行った(後から思えば、その方自身が世界的な研究者だったのかも知れない)。 とりあえず一通り見てから森の入口へ戻る。するとやがて、地元の人らしいおじさんに案内された女性の二人組がやってくる。おじさんはそのままいなくなって、二人組は森の入口からちょっと中へ。その辺りにはいなかったな、と思って声をかける。知人から聞いてここを知っており、東京からわざわざここの蛍を見に来たのだと。案内板などは全く見かけないが、知る人は知っている蛍の生息場所だったらしい。ただ、さすがに女性ふたりで森の奥へは入って行けないようなので、奥まで付きそってもう一度蛍見物。自分がつつーっと森の奥へ入ってゆくので、少し驚かれたよう。「ここへはよく来るんですか?」「いや、初めてだけど」「ええっ」「何で」「いや、なんか『こなれて』らっしゃるから…」と。そうして仲間も増えた再びの観察で、意外と成虫ばかりではなく、足元やら川の流れの中で幼虫が光っているのを発見。 そうしてまた森を出て、帰り道も一緒だったので同行する。途中、電線の上を渡るハクビシンを見つけてちょっと盛り上がる。「帰りはどうするのさ」「駅までバスなんですけど、バスまでまだまだ時間あるから海岸でしばらく黄昏て…」とのこと。じゃ、気をつけて。と。別れて車に戻る。それから買い物をして帰宅。 家から5キロもないくらいの所なのだけど、まさか身近にこんな素敵なところがあるとは。今夏の楽しみが、またひとつ。 ■2013/06/15 土 先週に続いて蛍観察へ。先週より少し増えた感じ。一匹が光りながら飛ぶと、何もいないと思っていた草陰からもう一匹が光を放ちながら飛び立ち、そのままランデブー飛行をはじめる。かつて水田だったと思われる湿地の部分は開けているので、その端の50メートルほど先の蛍も視認できる。周囲は完全な闇の中。自分の鼓動を感じるほどの静寂の中で、息を潜めながらの観察になる。 何でこちらの存在を知るのかは解らないが、蛍にはこちらの存在がわかるようで。明りは点けずに歩いているのだけど、こちらの行動を察知して明りを消しているらしい。いないかな、と思ったところでもしゃがんでじっとしていると、しばらくすると本当に眼の前や足元やらから灯りだしたりする。そうして周囲に蛍が舞い出して、そこでスマホの画面を点けたりすると、それだけで蛍はまたすっ、と消えてゆく。あと、蛍も「虫除けスプレー」は苦手なようで。飛んでいる蛍を手に受けてみようとしても、虫除けのかかった手は徹底的に避けられる。 ふと、水の流れの上。まったく微動だにしない。灯りっぱなしの蛍をみつける。木もないところの空中なので、どこかに止まっているわけではないが、じっと静止している。それが不思議で、ちょっと明りをつけてみる。すると、そこには蜘蛛の巣。そして、糸をぐるぐるに巻かれて、まさに蜘蛛に覆い被さられ、喰われている最中の蛍がいた。 子供の頃に見た、恐らく蛍を食べたのであろう「光るアマガエル」を思い出す。蛍がまだ生きているのか、もう死んでいるのかはわからない。けれど、喰われながらも光続ける蛍。光っている、ということは、生きているのだろうか。けれど、飛んでいる蛍や葉に停まっている蛍は、光っている時、必ずその光を明滅させている。それに対し、今蜘蛛に喰われているこの蛍は、灯りっぱなしだ。 ふと思う。蛍の光は蛍の命とイコールで、蛍が死んだら光も消える。普通はそう考えるけれど。ひょっとしたら。蛍の光は蛍の生き死にとは関係なく光り続けるもので。死んでもその発光成分が体内に残っている限りは、光り続けるものなのかも知れない。 飛んでいた蛍が蜘蛛の巣にひっかかる瞬間も見た。上昇して行った蛍の光が、空中のある一点で、ぶるぶる、っと震えて、動かなくなる。それから動きを止めるのだけど、動かずにずっと明滅し続ける。よく探すと、蜘蛛の巣に2、3匹かかって、手をつけられていない蛍もいる。そうして恐らく死んでいると思われる蛍は、やはり光が明滅することなく、灯りっぱなしになっている。 そんな光景を見ながら、蛍と光の関係を考える。死んだり弱ったりした蛍は光ることができなくなる、のではなく。蛍は死んだり弱ったりすると、光を消すことができなくなる。つまり。灯る光を制御することができなくなる、のでは、ないのかな、と。あくまでも、これは仮説。 ■2013/06/22 土 すっかり蛍観察日記に。蛍は主役が大きくて明るい長い明滅のゲンジボタルから、やや小振りで短い明滅のヘイケボタルに移ってきた。開けた湿地の上をチラチラと飛んでいるのはヘイケボタル。ゲンジボタルは長い明滅だけど、ヘイケボタルはそうして瞬く感じで飛ぶ。 見ているうちにやがて、湿地の周りを取り囲む森の梢から満ちた月が昇ってきて、湿地にぱーっと月光が射した。すると、飛んでいた蛍たちが一斉に、さーっと飛ぶのをやめた。蛍にとっては相当、眩しかったらしい。そういえば、明日が近地点(ペリジー)の満月。いわゆる、スーパームーンだった。 月が明るいので蛍舞う森の中も歩きやすい。寄ってきた蛍をふっと掌で受けとめる。その蛍はすぐには飛んで行かずに、手の甲から指へと歩いてゆく。これはゲンジボタル。蛍が指先に来た所でまだじっとしていたので、月にかざしシャッターを切った。ほぼ満月(スーパームーン)と、蛍。 数枚撮った所で、蛍は羽を拡げ、飛び去ってゆく。 蛍の数が増えてきたからか、森の入口付近の外灯の光が届く範囲でも蛍を目にするようになってきた。ちょうど外灯の光が当たっている草の上でじっとしている蛍がいたので、ようやく赤と黒を纏ったその姿をじっくり観察することができた(森の中では捕まえても照らして見たりはしていなかったので)。 これはゲンジボタル。でも、もう。そろそろゲンジボタルも終わりのよう。 |