kassyoku 014



『雪の暖かさ』


 久しぶりに纏まった雪が降った。
 朝起きると地面には10センチ程の新雪が積もっていた。僕は車の雪を払いに外へ出る。暦の上では大寒。でも、足元の冷え込みがそれほどでもなく、気温も心持ち暖かく感じるのは、ふわふわと積もった新雪のおかげだろうか。

 新雪が無いと、冷え込みが厳しくなる。昨日までは家の周囲一面が硬く締まった、凍てついた雪で覆われていた。これは氷の上で生活しているようなもので、実際、昨夜までの冷え込みは例年よりも厳しく、先日はついに冷蔵庫の中のペットボトルが凍ってしまった。
 例年なら常に五、六十センチ位積もっている新雪が断熱材の役割を果たしているので、そんな事態が起こるほど室内が冷え込む事はなかったのだ。

 今日は積もった、と言っても、その雪の量は僅かだ。今年は雪が少ない。そして、少ないから例年になく寒い。見た目には余計寒そうかも知れないけれど、雪に埋もれていた方がまだマシだ。…そう感じる。雪に埋もれていたって、得られる温もりはあるのだ。

 車に積もっていた雪は、湿り気を帯びた、ちょうど雪球を作るのにぴったりの雪だった。ひとつひとつの粒が大きな、ベタついた「暖かい雪」だ。
 …ま、雪に「暖かい」という言葉を用いるのは、おかしいかも知れない。
 いくら断熱効果を発揮するとはいえ、雪は何にしろ、冷たいもの。
 でも、雪には確かに温度差があり、サラサラ感の強い粉雪に比べれば、今日降り積もったべた雪はやはりぬくとく感じる。


 固体としての水の形態のうち、雪は比較的「暖かい」部類に入るらしい。
 液体としての水が存在する温度と、固体としての氷が存在する温度。雪はその間の比較的狭い温度範囲の中で生成されるものだという。天空で雪が融ければ水となり、雪が凍てつけば氷となる…のだそうだ。
 その雪と氷の違いが僕には良く判らないけれど、そんな理由で雪というものは、固体として存在する水の中でも、最も不安定な形態なのだという。だから、雪の粒ひとつひとつは、あんなにも儚いのだと。

 真夏なら、雪は間違いなく「冷たい」もの。でも、全てが凍りついた冬の景色の中では、雪はやはり「暖かい」存在なのかも知れない。
 雪に覆われた車の窓は、凍り付いていなかった。
 おかげで、氷をガリガリすることなく、雪を払うだけで楽に発進する事ができた




『仕事納め』


 来週からずっと休暇を取る予定だったので、今年の仕事は今週中に終わらせる必要があり、割と忙しい一週間だった。でも、今日で今年の仕事は完了した。後は年末の行事を幾つかこなすだけなので、何とか予定通り年末年始の休暇に入れそうだ。

 そう言えば、去年のこの時期は悲惨だった。あの『西暦2000年問題』への対策で、狂乱状態だった昨年末。OA化も大して進んでいない職場なので、各端末それぞれの対策はすぐに終わったけれど、それで「やれやれ」と思っていたら、この時期になって上の方が「ライフラインの寸断」を心配し始めたのだ。
 こういう事もいちいち心配し出したらキリが無いこと。停電対策に発電機をリースし、断水に備えてポリタンクを確保。燃料の在庫確認。そして、予測されるそれぞれの事態に対する分析と検討の連続…。ま、そんなこんなで昨年は結局、正月まで自宅待機になってしまった。

 2000年問題については正直、役職が上がるほど問題への理解度は低かった。「2000年問題って、何が起きるんだ?」…そんな質問を何度されたか判らない。でも、僕もその事について詳しい訳でもないから、ろくな返事はしなかった。

 「さぁ。アイボが飼い主襲ったりするんじゃないっスか?」
 …何が起こるか判らないから問題だったんだけど、ね。

 で、結果的に2000年問題がどうなったかは、ご存知の通り。ライフラインの寸断もなかったし、アイボも狂暴化しなかった。ただ、年明けに表計算を使った際に、西暦データーがとんでもない元号に変換される事が度々あって、皆の爆笑を誘ったりした。

 そんな昨年末に比べれば、今年は平穏な年末年始。明日から、例年よりちょっと早めの休暇入りになる。…まぁ、今日はここでもちょっと息抜き。明日からはまたこの褐色に浸る時間に、自分とゆっくり向き合う時間が持てそうだ。


 さ、来年の年賀状でも考えるか…

(2000/12/22)




『無数の寂しさが交錯する日』


 「兄ちゃん、煙草持ってたら一本くれんか?」

 声をかけてきたのは中年のホームレスの男。冬でも公衆トイレの中は24時間暖房されているので、こういった人達が結構利用している。

 札幌。真夜中の地下街。普段より日給が少し高いクリスマスのアルバイトの帰り道。僕がそこでトイレに立ち寄った時、中に敷物を敷いて座っていた男が僕に言った。…確か7年前の今日。つまり、その年のクリスマスイブの出来事だ。10代の僕は生活するのに精一杯で、クリスマスなんて「アルバイトのかき入れ時」としか思っていなかった。その頃の話。

 僕は煙草を一本取り出して渡し、ライターも貸した。彼は立ち上がってそれを受け取ると、僕に軽く会釈して火を点けた。そうして彼は敷物に座り直した。何も言わずに。
 彼からライターを受け取ると、僕も余計な事は言わずに黙ってその場を去った。もし、この時彼がドラマのワンシーンのように「メリー・クリスマス!」とでも言っていたら、僕は彼の事を好きになっていたかも知れない。でも、現実はそれほど洒落てはいない。


 ま、そんな事を思い出したクリスマス・イブ。
 この日、多くの人々が普段よりも愉しみや悦びを倍増させる。伝統が無い分、そういった愉しみの側面だけが強調された行事。誰かと一緒に楽しく過ごさなければいけないような、そんな気分にもさせられる一日。
 でも、クリスマスだからって、皆が楽しいって訳ではない。実際、多くの人々が普段よりも余計に孤独感に苛まれている。ひょっとしたら、自分以外は皆、楽しい夜を過ごしているのかも…。そんな心情を味わされる、そんな日でも、ある。

 寂しさの理由。
 誰かと楽しく過ごした記憶があるから、余計孤独を感じてしまうのかも知れない。
 でも、孤独だからと落ち込まないで。孤独に焦って、行きずりの癒しの交換を繰り返すような事もしないで。…安易な癒しは、人を駄目にしてしまうから。それよりはむしろ、孤独を見詰める強さを。 そう思う。

 強調された華やかさの影で、無数の寂しさが交錯する一日。
 一人きりだと感じる? でも、恐らくは大勢の中の一人。
 それに、あなたは本当に独りぼっちって訳でもない。
 必ず存在する、人との絆。どんなに寂しいと感じていても、ね。

 …ま、その事だけは信じてみましょう。

 メリー・クリスマス!

(2000/12/24)




『雪降る街角のスナップ』


 2時間振りの屋外は雪に覆われていた。来る時には路面は乾いていたのに。
 僕達は居酒屋の軒の下に佇む。重たい雪がこんこんと降り続いている。

 今年最初の忘年会は職場の面々とだった。居酒屋での一次会が終わり、僕は店の出口で皆が揃うのを待つ。出てくる者皆がそれぞれ、宴の合間に白く豹変した街に驚く。

 「それじゃあ、二次会の店まで…」幹事役が言う。
 「歩き?」 雪を見ながら、一人が言う。
 「近いから、大丈夫っス」


 僕はここでお別れだ。酒を飲まない僕にとって、二次会以降の参加はきつい。
 二次会に向かう集団から僕は一人はずれ、集団に向かって手を振る。皆も向き直り手を振り返す。その中の酔った一人が馬鹿みたいに飛び跳ねて、大きく手を振った。

 「事故るんじゃねーぞ、ガハハハ…」

 笑顔でそれに答えつつ、僕はそいつに雪球をぶつける。


 「じゃ…」 と、軽く挙手の敬礼をして、僕は彼らに背を向け歩き出す。
 肩をすくめながら歩く人々。傘をさしている人もいない。きっと誰もが、この雪には備えていなかった。通り過ぎる人皆、頭と背に白く雪を積もらせている。

 繁華街の外れまで来ると、自分の進む方向が人々の流れとは反対だという事に気付く。雪でタイヤを空転させながら、脇をタクシーが通り過ぎる。道路を挟んで反対側の歩道を歩いていていた女の子が「キャッ」といって転ぶ。起き上がった時にはもう、長いコートの足元から腰までが、雪で真っ白になっている。
 そんな姿を見ていた僕自身も、車道を渡る際にはタイヤで磨かれた路面で、何度も転びそうになる。

 …こりゃ、帰り道は地獄だわ
 そんな事を思う。


 時々頭が重くなり、犬のように頭を振るって僕は雪を振り払う。やがて表通りに出た。車の数は増え、歩く人は減る。僕は自分だけの足跡を歩道に刻む。
 オレンジ色の街灯が並ぶ中、雪もオレンジ色に染まりながら落ちていた。赤い光には赤い色に、青い光には青い色に。白は何色にも染まってしまう。

 僕が着ているのは、汚れの目立たない黒のコート。
 黒は何色にも染まらない。でも、白には滅法、弱いみたいだ。
 襟にびっしりと雪が付着して、黒は白に染められていた。


 気がつくと喧騒を抜け、僕は静寂に包まれていた。

 駐車場が、近い


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