Diary


平成十九年 卯月


■2007/04/01 日
 昨夜が遅かったので、昼まで寝て、起きたらぽかぽか陽気。外へ出たら、少し前までは銀色の毛皮だったネコヤナギの芽が、毛皮を脱ぎ捨てて花開きはじめていた。開いていた、というよりは、花を垂れさせていた、というのか。猫の尻尾みたいな花のこの姿が、ネコヤナギ、という名前の由来なのだろう。まだ咲いているものもそうでないものもある。

 ネコヤナギの枝ゆれて、ネコヤナギの花ゆれて。
 花の周りを羽虫が舞って。埃っぽい春風吹いて。
 ネコヤナギの花ゆれて、ネコヤナギの枝ゆれる。

 桜の蕾に、紅味がさしてきた。


■2007/04/02 月
 新年度明けましておめでとうございます。と、試しに言ってみた。
 「まぁ、ある意味おめでたいわな」と言われた。

 今年度もよろしくお願いいたします。
 とはいえ、やっている仕事はまだ年度末。今年は31日が土曜日なので、最後の平日の3月30日の日付の仕事をやっている。そして、これからもしばらく3月30日は続く。ある意味、一年で最も長い一日。これは、こういうジャンルの仕事をしている人にはお馴染みの感覚だろう。そうしてしばらく経ってから「ああ、やっと年度明けたわ」となる。
 新人さん何人かとご挨拶。こちらは桜まだなんですね、などという話を聞いていて、ふと思う。桜といっても色々だなぁ。自分がここに来た時は、これまでより一月早い桜、だと思っていた。でも、違う人から見れば、ここの桜は遅いという。皆それぞれの「基準木」を、持っているんだね。


■2007/04/03 火
 朝は霧雨。傘を差すほどでもなかったけれど、持ってゆく。階段を降りた所で同じ職場の人に会う。今朝は歩きか自転車か訊いてみると、「…自転車にトライしてみます」と。
 午前中のうち本格的な雨になる。新人さんと少し仕事で絡む。この職場は、採用後に教育を受けてから職場に配属、というのではなく、直ちにそれぞれの部門に配属される。色々と教えるべきこともあるだろう。けれど、こちらも色々と教わることもあるだろう。仕事に限らず言えば、人はみな教えあう存在だと思う。その姿勢さえあれば。そういう姿勢をもってゆきたいと思う。
 昼になって、窓の外側のサッシに当たる雨の音が、やけにパチパチと乾いた音に…と思っていたら、大粒のアラレになっていた。これはちょっと痛そうだなぁ。桜咲いていたらどうなるんだろ。休憩中にそんな話をする。花散らしのアラレ。でもここはまだ蕾なので大丈夫。
 午後、アラレはミゾレになる。始まった高校野球で、ここ静岡代表が決勝に挑んでいる。地元出身者が席を立つ回数が多い事には、皆目をつぶる。しかし、いつも思う。高校野球のどこの代表を応援しているか、で、その人の故郷が判る。その故郷とは、生を受けた地だとか、現住所だとか、一番長く住んだ地域だとか。そういう事とは関係ない。ひとつ、とも限らない。何というのだろう。その土地は、その人の心の故郷なのだと思う。
 …で、試合終盤になってからはずっと席を立っていた彼らが、やがて満面の笑みで戻ってきた。おめでとさん。その気持ちは良くわかる。

 夜、帰り道は大きな牡丹雪になっていた。街灯の近くで空を見上げると吸い込まれそうな感覚になる、ゆっくり落ちてくる無数の大きな雪。縦に斜めに舞い降りる雪だけを見て歩いていると、平衡感覚を失って、足取りがふらっとしてしまう。
 久しぶりに見るからだろうか。手前の雪は早く落ちて、遠くの雪はゆっくりと落ちる。手前と遠くで降る向きも違ったりする。そうして降る雪を見ていて、この見慣れたはずの通勤路に、ふと、今までとは違った空間の拡がりを感じた。

 夜中になってベランダへ出る。雪は雨に戻った。ベランダ下の駐車スペースに並ぶ車の屋根の上にだけ、僅かに雪が残っている。冬に心得のある人の車は、明日の朝の出勤時に備えて、ワイパーが立ててある。

 …積もらなかった、か。
 何となく、さよなら。 冬。


■2004/04/08 日
 てんてこ舞いの一週間。と書いて、ふと思う。てんてこ舞い。てんてこ、舞い。テンテコ、テンテコ、テンテコ、テン。なんか楽しそうだな。忙しいことをそのまま「いま、忙しいんです!」と言うより「いま、てんてこ舞いなんです!」と言った方が気持ちが和むかも知れない。心も亡くしてないし。
 まぁなんとか年度も越して、休日。洗濯物を干そうとベランダへ出る。うぐいすが、ちゃんと(自分よりも巧く)鳴くようになってきた。昨日は雨模様だった上、外へ出たのが夜だけだったので気づかなかったが、駐車場の近くに植わっている桜が幾つか咲いていた。桜、というのはソメイヨシノのことだ。この辺りにはフジザクラという桜があり、それはもう先週から小さな花を咲かせている。
 テレビニュースで、選挙の現時点での投票率。おお、そういえば今日だった。行ってこよ。玄関を出て階段を降りる。駐車場への途中にあるネコヤナギは、もう先週のうちに満開になっている。こちらは黄緑色の花。
 駐車場に停めてある自分の車の、後輪の後ろ。芝生とアスファルトを仕切る縁石がある。その石とアスファルトとの隙間に、青紫色のスミレも咲いていた。しばらく昼間にここへ来ていなかったので、全然気づいていなかった。縁石に当たるまで車を下げたら、踏んでしまう位置。幸い、駐車スペースの縦の長さには余裕があるので、そんなにギリギリまで下げて停めることも無かった。

 そして、投票へ。で、選挙…って、県議会だっけ。今誰がいるのかも知らないしなぁ。
 国政選挙はともかく、転勤族はこういうローカルな選挙に滅法疎い。


■2004/04/09 月
 通勤路の桜もポチポチと咲き始めた。それはそれで嬉しいのだが、ちょっと気になる。目にする桜、全体的に何だか元気が無いような気がするのだ。まぁ、まだ天気にも恵まれていないし、こちらに来てまだ3シーズン目の桜。過去の2シーズンとの比較だけなので、あまりはっきりとは言えない。何と言うか、感じ、だ。
 桜の生態、特にソメイヨシノは、こちらに来てから初めて見た桜なので、よく判らない。ただ、自分が通っている経路上にある桜に限っていえば、何か元気ないような。おかしいな、と感じる所がある。
 毎年夏になると毛虫に葉を食い尽されているのも元気ない原因かも知れないけど、最近何だか感じるのは、その元気なさに加えて、枝の生え方のおかしさだ。枝の途中がポコッと膨らんでいて、そこから若々しい細い枝が沢山伸びて、竹ホーキの頭みたいになっている。そんな部分が多くの木に、そして、一本の木に何箇所もあるのだ。
 最初は宿木かと思った。でも、宿木なら冬でも葉を付けているので、さすがに気づいているだろうし、良く見ると膨らんだところから生えているのも桜の枝のようなので、宿木ではないのは確か。その枝の新しさから見て、これは多分、冬が一段落してから急激に伸びた枝なのだろう。でも、なぜそこだけぼうぼうと枝が育つのか判らない。
 更に変なのは、その膨らんだ部分から生えている枝は、他の枝より葉の成長が早く、他の枝よりも元気良く伸びているように見えて、けれども花を全く付けていないことだ。何だかそこにだけ別の植物がいるような。何と言うのだろう。森の中で朽た倒木の枝から、別の木が芽吹いているような。枝のその部分だけ、桜のコントロールを離れているような。枝よりも今は花を咲かせるのに全力を注ぐべきだろう、と言いたくなるような、そんな違和感がある。
 違和感、というか、不気味さというか。とにかく、自分がこれまでに他の植物で見た経験の無い、枝の付き方なのだ。長年品種改良されてきた種が持つ、生物としてのアンバランスさというか。その辺りを感じて、ちょっと、おかしく感じるのかも知れない。…って、元々、実らない花を咲かせる時点でおかしいのか。

 あ、べつにこれはソメイヨシノを批判しようとする気持ちではない。お花見気分に水をさすようなつもりもない。ただ、自分が見ている狭い狭い範囲の中で、自分の法則に照らし合わせて、それでちょっと引っ掛かりを感じただけのこと。全ての物事に意味があるのなら、その真の意味を自分はまだ理解していない。

 でも、ソメイヨシノって種ならないのに。どうやって増えるんだ。
 接木と聞いた気もするけれど、ひょっとしたらそうやって、枝から新しく生えてくるのか?

 それもちょっと…なぁ。


■2007/04/10 火
 ある人が今の自分にちょっと迷っていて、変わらなきゃ、と思っているとする。
 傍から見るとそれはある種の「成長」の前兆のような気がする。なので、迷いながらもその変化が成長であるなら、変わるのもいいんじゃないか、と思うとする。けれど、そういう時。別の誰かが来てこう言う。

 「きみは、そのままのきみでいいんだよ」と。

 あまり好きではないが、パターン化してしまうと、男女の間にこういうことはよくあるのかも知れない。自身の変化を望む女性と、相手の変化を望まない男性の構図。
 状況は色々あるので一概には言えないが、上のような状況で迷っている相手に対し、常に「きみはそのままのきみでいい」という姿勢を取る人。その言葉に出会うと思ってしまうのだ。その言葉を、言っている本人は何を思って言っているのだろう、と。
 そのまま、が、本人にとっていい場合も、そうでない場合もあるだろう。でも、その「場合」に関係なく、そういう姿勢をとってしまう人が、決して少なくはない数、いるように思う。

 何て言うか。やさしいひとたち。
 それがやさしさだと、信じているひとたち。
 まぁそれはそれでいいじゃないか、とも思うのだけど、時折感じるのだ。そういう言葉。やさしさに見えて、時折、その相手の成長を阻害していることが、あるような。ひょっとしたら、その言葉の本心は、そのままでいい、という肯定ではなく、変わってほしくない、という己の願望なのかも知れない。
 …わからんな。

 今年初めてのツバメを見た。


■2007/04/11 水
 「なぁ、モノは届いてるんだけどさ、先方から必要な書類が来てないよ」
 ん、先方は書類が動くことを知らんのか? 忘れているだけか? それとも、モノだけ誰か勝手に動かしてしまったのか? さてどうするかなぁ。とりあえず電話してみるか、と思っていたら、先方から「すみません、書類出してなかったです」と電話が来た。
 相手方に渡すものが滞っていたので、行こうと思ってはいたのだけどなかなか手が離せないでいた。それでも行かなきゃ、行かなきゃ、と言っていたら、その相手方が別件で事務所に来た。
 とある機材を借用したい、という調整が、終業時間間際に来る。リミットまで1時間。上司と二人で調整と必要書類の作成を同時平行で「うりゃー」と狂ったテンションで行う。幸い自分のパソコンに昨年作った似たような書類のデータが残っていたので、通常なら書面を作るだけでも30分はかかる書類の作成が5分で終わり、その仕事自体も、トータル30分で書類の投函にまで漕ぎ着ける。電話して「書類出しておいたから、あとよろしく」。あまりに非常識な速さだったので、相手がびっくり。第6感とテレパーシーと幸運により、恐ろしいくらいスムーズに仕事が進んだ日。

 関係ないが、今日の休憩時間。シジュウカラの鳴き真似の応用で、ヤマガラの鳴き真似ができるようになった。チーチーツー、チーチーツーがシジュウカラで、チーチー、チーチーがヤマガラ。人はワタシを人間バードコールと呼ぶ。あ、ほんとにヤマガラ来ちまったよ。


■2007/04/12 木
 夜の七時を過ぎて、事務所の電話が鳴る。出ると小さな声で「…ですけど、あの、**さんいますか?」振り返るとその**さんがいたので「いるけど。かわるかい?」と訊く。すると「あああぁっ、呼ばないでください!」と。思えば掛けてくる番号が全然違う。

 「ん、**さんに用があるわけじゃないの?」
 「あああぁっ、名前言わないでください! 気づかれたら困るんで!」
 「…つまり、どういうわけさ」 少し声を潜めて訊く。
 「わたし、あの人苦手だから。帰ったらそっち行こうかなー、って」

 しばらくしてからまた電話。

 「…ですけど」
 「ああ、もう帰ったわ」
 「じゃ、行くので開けといてくださいねー」

 やれやれ。楽しいわ。


■2007/04/13 金
 金曜日なので皆の帰宅は早い。自分だけ事務所に残ってずっとパソコンのモニターとにらめっこしていた。明るいモニターは暗くても見えるし、熱中していたので、日が落ちて事務所がすっかり暗くなっていた事にちっとも気づいていなかったようだ。ようするに、周りが全く目に入らない状態。

 部屋がふと、ぱっと明るくなった。
 突然灯った蛍光灯を見上げる。後ろから声がした。

 「ふふっ、目、悪くなっちゃいますよ」

 振り返ると、悪戯っぽい微笑みがそこにあった。


■2007/04/18 水
 この標高では降らなかったようだけど、その少し上までは雪だったようだ。朝の山肌に雪の白。富士山の五合目の上まで行っていた雪のラインが、ぐんと一気に下がっている。
 日々てんてこ舞いの中、職場では健康診断があった。数値的に全体的に昨年と大差はない。ただ、さほど変化するはずのない所が変化している。昨年は虫歯が4本あった。けれど今年は「えーと、治療済みが1本ですね。はい、大変よろしいですよー」と。あー先生。俺、歯医者行ったことないんですが…。と言いたかったが、口に何か突っ込まれているので喋りようもない。自分の場合、こうして毎年、虫歯が出たり消えたりする。これが自分でも不思議だ。事務所に戻ってその話をしたら、同僚に「キミは鮫ですか」と呆れられた。

 あと、もうひとつ。身長が伸びて175.5になっていた。
 BMIという身長と体重の比から弾き出す体型チェックの数字がある。それが高くて嘆いていた人がいたので、言う。「なんも、BMI下げるのにダイエットなんて必要ないんだよ」

 そう。この俺のように身長が伸びればいいのだ!

 いや、それは別に伸びたわけでは無いと思うぞ…と、即座に言われる。


■2007/04/20 金
 富士山の雪のラインが一段と下がった朝。「真冬より積もったな…」と、何となく呆れたような会話。へなちょこだった今冬に比べ、今春はなかなか手ごわい。桜が咲いているとは思えない冷え込みの中、今週はずっと風邪気味で、喉も鼻もやられていた。これは今週中に熱を出すかも、と思っていたが、何とか持ち堪えた。まぁ多少熱は出ていたかも知れないけれど、今は概ね快方に向かっている。何というか今回は「風引いてる場合じゃねぇんだよ!」という気持ちの方が勝った。

 早めにシフトしていた出勤時間を、通常に戻す。道の途中で見慣れない中学生の女の子が前から歩いてきて、近づいたところで「おはようございまーす!」と挨拶される。小学生はともかく、中学生くらいになるとさほど挨拶はしてこないので、へっ、と思って良く見ると、先月までいつも元気に挨拶していた小学生の女の子だった。今月から中学生になってたんだね。


■2007/04/21 土
 何事も、わかったつもりになること。それが一番厄介なのかもしれない。色々なことがそうだ。人のこともそうだし、相手のこともそう。愛だってそうだし、自分のことだってそうだし。生きること、死ぬこと。他にも、他にも。わかったつもりになると、何ていうか。そこが限界になってしまうような気がする。
 わかろうとする。わかろうとする。わかりかける。わかりかけたところで、変わってゆく。ひともじぶんも、変わってゆく。一生かかってわかってゆくんだ。そういうことは。
 わかろうとし続けて、色々なこと気付いて、色々なことを見出してゆく。それでいいのかも知れない。でも、それはわからなくてもいい、という、そういうことじゃない。わからなくてもいい、というあきらめの姿勢は、わかったつもりになることと同じだ。そこが限界になる。
 人は時々、勘違いをする。わかったつもりになること。それは不遜な態度だ。いやいや、そんなこと自分にはわかりっこないよ。そういう姿勢は反対に、謙遜な態度に見える。けれどどちらも同じ。それはどちらも不遜な態度なのだと思う。
 あくまでも目指すところは、わかること、なのだ。それを目標にして、わかろうとし続けること。そういう姿勢をとり続けること。それは、目指すところに実際にたどり着けるかどうかとは別の次元で、大切なことだと思う。

 まぁ、真にそれを理解しているのなら、それはそれでいい。
 けれど、俺にはそんなもの、何にもないわな。人生万事わかりかけ。上等。


■2007/04/22 日
 「視線」というタイトルの詩を書いたあとで、ふと過去のを見ると、その2つ前に「視点」という似たようなタイトルのものを書いていたことに気付く。
 詩を書いていて、過去に何を書いたかは今のところ大体憶えているのだけど、それにどんなタイトルを付けたか、は、ちっとも憶えていない。なので、今後はタイトルが重複してしまう、ということも、このまま続けていたら十分にあり得る。
 でも、過去にどんなタイトルを書いたかを確認するのが、今借りているスペースだと結構手間だ。過去のタイトルを一覧表示する機能でもあればなぁ、と作業を始める。

 そのついでに、過去に書いたものを読み返してみる。書きなおしたい所も色々あったのだけど、その時々にコメントを頂いているものもあるので、その瞬間に書いたものに変更を加えるのは望ましくないだろう。ので、ブログのページに載せているものは、その時書いたものそのままに (よほど酷い誤字などはこっそり手直しした) しておいて、将来的には「褐色に浸る時間」のように、ある程度選別して、手直しも加えたものをホームページに転載しようと思う。


■2007/04/25 水
 前に見た時は満開だった都内の桜も、すっかり葉を繁らせていた。
 出張から帰宅。一日空けるとまだかなり仕事が溜まる。今月から一名減員となり、その欠員分を補うための態勢を、今月いっぱいかかってやっと確立…しかけているところだ。そんなこんなで、今月はずっと残業続きで、しかも、今年はまだ一日も有給を取っていない。「今年は毎月必ず一日以上休暇を取ってやる」という今年の目標は、既に破綻している。
 でも、ゴールデンウィークは何があろうと9連休にさせてもらう。またどうせ連休直前にガソリンが値上がりするのだろうが、今年はもう構わずにドライブしてこよう。目標は東北。どうせ方角が同じだから、桜前線でも追っかけてみるか。よし決まり。


■2007/04/26 木
 新人さんが、自分の所に文書を配布するポストに、一部の書類を投函していった。そして自分が空き時間に、ポストからその文書を回収する。表書きをさらっと眺めて、あれ、前に見たような文書だな、と思う。左上に付箋紙がついていた。そのさほど大きくもない付箋紙に、ボールペンの小さな文字で『文書の差し替えをお願いします。お手数ですがよろしくお願いします。』というようなことが書いてあった。
 ようするに、前に来た文書の内容に誤りがあったから、修正したものに差し替えてくれ、ということだ。それだけなら、付箋紙には『差し替えです』とだけ書いても事は足りるので、付箋紙ギュウギュウに小さな文字を、しかもかなり無理をして詰め込んで書くほどのこともない。まぁ、自分や周りの人なら普通はそんなことはしない、と言える。
 けれど、そういうところなのだ。以前に書いた、「新しい人に自分が教えることもあるし、新しい人から自分が教わることもある」ということ。要件よりもそれ以外の部分に時間がかかってしまっている。それは、全く効率的では無い仕事の仕方。
 でも、自分はこういう仕事の仕方が大好きだ。この付箋を書いた新人さんは、その瞬間、何を考えてそれをしていたか。その文書をさばく事だけか。それとも、その付箋の向こうの人を見て、仕事をしていたのか。

 そんなところに、ふと立ち止まる。
 処置が終わって、付箋を剥す時も、何だか「どういたしまして」という感じだ。

 ふふっ。いい仕事じゃないの。


■2007/04/28 土
 部屋と身の回りの片付けを済ませたら、ドライブへ。
 連休明け、再び無事にお目にかかれますように。



■追記 桜前線追いかける旅の記録

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Kaeka Index.